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ラスト・ライト
2009/07/18 20:40 (Sat) - 創作メモ
 恩情だと言って映し出された姿にほっと息を吐いた。明らかな安堵がどこからきたのかはわからない。今生きているということはこれから死ぬということなのに、それでも画面越しにでも二人の顔を見られて嬉しいと思った。



「よー、元気?」
『あはは。とりあえず生きてはいるよ』
『……あちこちボロボロだけど』

 この状況でさえ飄々としているマサと、こちらも普段通り淡々としたサキからの返事に、タケは今度こそ口角を吊り上げて笑った。
 一般家庭にあるテレビより一回り大きなモニターに映る映像はちょうど真ん中で二分され、それぞれマサとサキの姿が映し出されている。二人の背後に映る部屋も自分がいる部屋と同じで、これがいわゆる牢獄というものなのだろう。言葉の響きの割には小綺麗で明るく、狭くて閉鎖的なのを除けばどちらかといえば病室のようなイメージだとタケは思う。けれどどれだけ綺麗に見えても、それは上辺だけでしかないのだ。
 モニターの向こうで、マサが力の無い笑みを浮かべる。

『……捕まっちゃった、な』
『そうね、頑張ったけど』
「ん……」

 頷く。淡々としたサキの声も、どこか寂しげに聴こえた。
 捕まった。三人とも。政府の息のかかった人間か、もしくは直接政府に関係する人間か、とにかく訓練された武装集団を相手に勝ち目はなかった。

 計画は失敗した。
 最初からうまくいく見込みの方が少ないような無謀な計画で、けれど自分はそれを信じて賭けた。そのことに後悔はしていない。そう、不思議なことにこんなことになった今でもまだ、後悔は欠片もなかった。
 たとえこれから、殺されるとしても。

『ところで今、手元にこんなものがあるんだけど』
『ああ、俺もあるよ。ご丁寧に一発だけ入ってる』

 サキが無造作に持ち上げて見せたそれに、マサも同じように自分のそれを見せる。鈍く輝くそれは拳銃、紛うことなき本物だ。タケも自分の手元に置かれたそれを見る。

『 「革命家」 には捕らえられて処刑されることは屈辱だろう……って、随分大げさよね』

 この会話と同じく恩情だと言って置かれたそれは、もちろん三人のうちの誰のものでもない。
 同じ拳銃でも最新のものを装備した見張りが各部屋、一人につき一人。自分達のような形だけの武芸でなく、実戦用としてのそれを身につけた人間相手にかなうはずもない。そして一昔前の映画のようなそれに弾が一発。つまりこれは、自決用だ。

「別に革命家とかなった覚えもあんまないんだけどなあ。どーする?」
『どうするって……』
『ここまできたらどっちでも同じでしょ? 最後まで 「革命家」 らしく。……従うわよ、リーダー』

 戸惑うマサに、同じことを考えていたらしいサキが笑ってみせる。珍しいことにはっきりと驚嘆の表情を浮かべたマサは、しばしの間を置いて顔を歪めた。弧を描く唇が形作るのは間違いなく笑みで、けれどどこか別の要素を含んだ複雑な表情。

『……だったら、オレはまだ生きてたいな。まだ諦めたくないんだ。取引とかも全部断ったし、長くてもあと半日あるかないかぐらいだろうけど……』

 一度言葉を切って視線を落としたマサは、けれどすぐにまっすぐな瞳を向ける。

『それでも、その時間でなにができるわけじゃなくても、オレは諦めたくない。諦めて自分から死ぬのは嫌だ。最後の最期の瞬間まで、気持ちだけでも足掻いてたい』

 言い切って、少しの間。沈黙に耐えかねて口火を切ったのは、当のマサ自身だった。

『……んだけど、えーと……』

 なかなかにくさい台詞を吐いた自覚があるだけに、うまく言葉を繋げられない。落ち着かない様子のマサを思う様堪能したところで、ふいにサキの表情が緩んだ。

『マサらしいわ』
「だな。じゃーそういうことで!」

 笑いあう三人の表情は、この場に不釣り合いなほど柔らかい。
 死の現実を理解できないほど、幼く無知なわけではない。
 死の恐怖を超越できるほど、無鉄砲な子供でもない。
 「死」 という概念も事象も、それがもたらす様々な事柄も理解している。それでもなぜか、想像していたよりもずっと心は穏やかだった。

「君達は……」

 ふいに、それまでずっとタケの背後で無言を貫いていた見張りが口を開いた。

「君達は、なぜこんなことを……。倉本くんはもちろんだが、君も彼女も決して頭が悪いわけじゃないだろう。この学園都市随一の学校でそれぞれトップに立つほどの実力者だとも聞いている。将来を嘱望された君達の行動は、……愚かとしか言いようがないよ」

 愚かだと言いながらその口調は見下しても蔑んでもいない。ただ 「なぜ」 と、憐憫にも似た感情が滲んでいた。

『……それは、なにを愚かと思うか、その価値観の差ね。……もしくは、与えられる情報の差……かしら』
『サキ』
『わかってる、これ以上は言わないわ。もう、巻き込みたくないもの』

 咎めるようなマサの声に視線を向けて小さく頷く。それから微かに目を伏せた。
 サキがなにを思っているのか、二人には思考が伝染したかのように理解できた。

 巻き込みたくはなかった。いや、関わった時点で、そもそもこの世に生を受けた時点で、彼らは無関係ではありえなかった。そしてそうなってしまったのも、三人が起こした行動のせいだ。
 彼らは笑ってくれたけれど、笑って、出会えたことを嬉しいと言ってくれたけれど。だからこそこれ以上、選択権もなく巻き込まれる人をつくりたくはなかった。

『私達はただ、この都市のシステムの一部にも、末端の部品(パーツ)にもなりたくなかっただけ。ただ決められた役割をこなして決められた通りに死ぬのが嫌なだけよ』

 淡々と、なんの含みも感情も見せずにサキは言う。

『私達は、生きたかっただけ。ただ自分の意思で、力で、生きていきたかっただけ。……ただそれだけよ』

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